- 七夕の由来は?
- 織姫と彦星のどんな物語?
- 五色の短冊の意味は?
この記事は、
- 七夕の由来
- 織姫と彦星の物語
- そして五色の短冊の意味
まで、幅広く解説しているため、あなたの疑問を解消できます。
本文では、七夕の五節句の一つとしての意味や、棚機津女(たなばたつめ)、乞巧奠(きこうでん)などの七夕に関連する神話や伝説、五色の短冊の意味などを詳しく解説します。
あなたもこの機会に七夕の深い意味を理解し、七夕をより一層楽しむための知識を深めてみてはいかがでしょうか。
どうぞ最後までごらんください。
七夕の由来は?
世界で七夕の行事が行われている国は、
- 日本
- 中国
- 韓国
- ベトナム
などです。
七夕の由来は、中国で漢の時代に作られた「古詩十九首」に初めて出てきたといわれています。
日本の七夕は、日本に元からあった棚機津女(たなばたつめ)に、中国から奈良時代に来た七夕が合わさって生まれたとされています。
- 七夕は五節句のひとつ
- 棚機津女(たなばたつめ)
- 乞巧奠(きこうでん)
七夕は五節句のひとつ
七夕は五節句のひとつです。
節句とは、昔から行われている、年中行事を行う季節の節目の事を言います。
五節句は、
3月3日:桃の節句・雛祭
5月5日:菖蒲の節句
7月7日:七夕
9月9日:菊の節句
五節句のなかの7月7日七夕は、星祭り(ほしまつり)ともいいます。
旧暦のお盆が7月15日に行われていたので、旧暦の7月7日に行われていた七夕とお盆は関係のある年中行事でした。
時代を経て、七夕が新暦に変わってからは、七夕とお盆の結びつきは遠のきました。
棚機津女(たなばたつめ)
七夕は、日本に元からあった棚機津女(たなばたつめ)に、中国から奈良時代に来た七夕が合わさって生まれたとされています。
日本には以前から、棚機津女「たなばたつめ」と呼ばれる、祭祀に関わる布を織る特別な女性の織り手がいました。
奈良時代に中国の七夕の風習が伝えられて、2つが重なって「七夕」という文字が「たなばた」という言い方に当てはめられました。
また、棚機津女の伝説としてその他いろいろな話が伝わっていますが、その内容の信憑性については根拠がないとの説があるようです。
乞巧奠(きこうでん)
乞巧奠(きこうでん)は中国で始まった行事で、7月7日の夜、織女に対して手芸や裁縫がうまくなるのを祈願して行なわれていました。
技芸の上達を祈る祭でもありました。
乞巧奠は、日本の奈良時代の陰暦の7月7日に宮中で節会(せちえ)としてとりいれられています。
節会とは、季節の変わり目に祝事をする節日(せちにち)や公事(くじ)のある日に、天皇から諸臣にお酒や食べ物をいただく儀式です。
織姫と彦星の物語
1年に1度だけ、七夕の7月7日に会えるといわれる織姫と彦星ですが、どんな物語でしょうか。
七夕の物語の教え
七夕(織姫と彦星の物語)
昔々、天の神様が天の川の近くに住んでいました。
天の神様には織姫という娘が1人おりました。
織姫は機を織って他の神様たちの着物を織る仕事をしていました。
織姫が年頃になった頃、天の神様は婿さんを探して結婚をさせてあげようと思いました。
いろいろ織姫に合いそうな男を探しました。
天の川の岸で天ノ牛を飼っている、彦星という男を見つけました。
彦星はとても立派な若者でした。
二人はお互いに惹かれ合って、好きになって結婚することになりました。
織姫と彦星は結婚してからも、とても仲が良かったようです。
ところが、二人とも仕事をしないで遊んでばかりでした。
機織りと牛飼いという大事な仕事があるのに、遊んでばかりいる二人に皆が困りました。
天の神様に、
- 「新しい着物を作って欲しい」
- 「牛たちが病気になります」
などということを伝えに来ました。
織姫と彦星に対する皆の苦情を聞いた天の神様は、このままでは良くないと思いました。
二人を天の川の東と西に引き離して暮らすように二人を別れさせました。
織姫は大好きな彦星と別れさせられたので大変悲しみました。
それを見かねた天の神様は「1年に一度だけ、7月7日の夜に彦星とあっても良い」と織姫の願いを叶えました。
それを聞いた二人は、1年に1度だけ会えるのを励みにして、お互いの仕事を一生懸命に頑張りました。
七夕の物語の教え
ロマンチックな話ですね。
ですが、いくら楽しくても遊んでばかりいて自分に与えらた役目を忘れてはいけませんという戒めが、この話には込められていると思います。
織姫の願いがかなって、大好きな彦星と年に1度とはいえ、会うことが許されているのは、強く願えば叶えられるという希望も、同時に教えてくれているようです。
5色の短冊のはなし
七夕には、5色の短冊にお願いごとを書いて、笹の葉に付けてお祈りします。
7月7日の夜に行われる七夕は、5色の短冊に上達したい芸事のお願いごとを書いて、七夕飾りなどと笹の葉に吊るし星に祈ります。
上で書いた乞巧奠(きこうでん)は、技芸の上達を祈る祭です。
5色の短冊に書いてご利益のある願い事は芸事であるとされています。
5色は、古代中国で始まった5行思想の「万物は火・水・木・金・土の5種類の元素からなる」に当てはめた色で、
水(黒)
木(緑)
金(白)
土(黄)
に対応しています。
織姫と彦星はどんどん離れている?!
七夕の物語をもとに、現実的なお話をします。
プラネタリウムに行った時に、七夕の物語と織姫星(ベガ)と彦星(アルタイル)のお話を音声解説の方から聞きました。
七夕の物語では、織姫が彦星に会いに行くようになっています。
しかし、実際には「恒星の固有運動」で、織姫星(ベガ)の方が彦星(アルタイル)から離れていっているということです。
そんな織姫と彦星が離れていってる事実は、昔は誰も知ることができません。
実際の天体の活動がどうであれ、7月7日の夜の空を見て、七夕の物語を作った昔の人に敬意を表したいと思います。
まとめ
まとめます。
- 七夕の由来は?
日本の七夕は、日本に元からあった棚機津女(たなばたつめ)に、中国から奈良時代に来た七夕が合わさって生まれたとされています。- 七夕は五節句のひとつ
七夕は五節句のひとつで、節句とは昔から行われている年中行事を行う季節の節目の事を言います。 - 棚機津女(たなばたつめ)
日本には中国から七夕の風習が伝えられる以前から、棚機津女「たなばたつめ」と呼ばれる、祭祀に関わる布を織る特別な女性の織り手がいました。そこへ中国の七夕の風習が伝えられて2つが重なって「七夕」という文字が「たなばた」という言い方に当てはめられました。 - 乞巧奠(きこうでん)
乞巧奠(きこうでん)は中国で始まった行事で、7月7日の夜、織女に対して手芸や裁縫がうまくなるのを祈願して行なわれて、技芸の上達を祈る祭でもありました。
- 七夕は五節句のひとつ
- 七夕(織姫と彦星の物語)
- 七夕(織姫と彦星の物語)
織姫と彦星はとても仲が良かったのですが、結婚してからはお互い、仕事もしないで遊んでばかりでした。天の神様は、二人を天の川の東と西に引き離して暮らすように二人を別れさせましたが「1年に一度だけ、7月7日の夜に彦星とあっても良い」と織姫の願いを叶えました。織姫は7月7日の夜に天の川を渡って彦星に会いに行くのです。 - 七夕の物語の教え
ロマンチックな話ですが、いくら楽しくても遊んでばかりいて自分に与えらた役目を忘れてはいけないという戒めがこの話には込められていると思います。
- 七夕(織姫と彦星の物語)
- 5色の短冊のはなし
7月7日の夜に行われる七夕は、5色の短冊に上達したい芸事のお願いごとを書いて、七夕飾りなどと笹の葉に吊るし星に祈ります。 - 織姫と彦星はどんどん離れている?!
七夕の物語では織姫が彦星に会いに行くようになっていますが、実際には「恒星の固有運動」で織姫星(ベガ)の方が彦星(アルタイル)から離れていっているようです。
子供の頃、生まれ故郷の田舎で見た夜の満天の星が綺麗でした。
空気が澄んでいたので、まるで星が降ってきそうにキラキラしていて、見るたびに感動していました。
7月7日になったら夜空に輝く織姫と彦星に思いを馳せてみたいと思います。
七夕は天気が良いといいですね^^