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ウルル(エアーズロック)が登山禁止になった理由は?

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ウルル(エアーズロック)

ウルル(エアーズロック)

ウルル(エアーズロック)が登山禁止になった理由はなんでしょうか?

お答えします

ウルルはオーストラリア大陸にある、世界で2番目に大きな一枚岩です。

ちなみに世界で1番目に大きな一枚岩は、オーストラリアの西オーストラリア州にある、マウントオーガスタスです。

この記事では、ウルル(エアーズロック)が登山禁止になった理由をご紹介します。

ウルル(エアーズロック)が登山禁止になった理由

オーストラリア先住民のことをアボリジニと呼びますが、アボリジニという言葉は差別的な意味合いが強いので、このブログでは一般的な呼び方のオーストラリア先住民で呼ばさせていただきます。

もともとウルルへの登山を推奨していない旅行会社があった中で、オーストラリア先住民はウルルのリース料と国立公園の入場料の一部を観光収入として貴重な収入源にしていました。

ところが、2019年10月26日から観光客の登山が全面禁止になりました。

  • 理由:聖地を守るため
  • 理由:転落死亡事故が発生しているから

理由:聖地を守るため

オーストラリア先住民は、ウルルを聖地としているため、マナー違反の観光客の登山をよく思っていませんでした。

世界中から来る観光客の中には、ウルルの石や砂を持ち帰ってしまう不届き者も少なからずいました。

聖地を守る意味では、ウルルの登山禁止はやむを得ないと思います。

オーストラリア先住民が下した登山禁止の決定は、連綿と受け継がれてきた魂の聖地を観光客から守るために行われたことなので、とても称賛に値するものだと思います。

理由:転落死亡事故が発生しているから

ウルルでは、過去に日本人男性観光客の転落死亡事故が発生していて、ウルル登山は危険だからということも登山が禁止された理由になっています。

ウルルとは

ウルルとは、オーストラリアのほぼ真ん中に位置し、高さは東京タワーと同じくらいの高さで世界で2番目に大きな一枚岩です。

鉄分が酸化しているため外観は赤っぽく見えます。

ウルルが見えているのは5%だけで、残りの95%は地中にもぐっているので、まるで潜在意識と顕在意識の関係のようです。

ウルルは世界の中心といわれていて『世界の中心で、愛をさけぶ』に登場しました。ちなみに筆者も映画をみました。

ウルルと呼ばれ始めたのは1万年以上前からで、ウルル周辺に住んでいたオーストラリア先住民が話す「ピチャンチャチャラ語」「ウルル」と呼ばれていました。

1873年にイギリスの探検家ウィリアム・ゴスが探検の途中で発見して、当時の南オーストラリア植民地首相ヘンリー・エアーズにちなんでエアーズロックと名付けられました。

しかし1980年代から正式名称として、元の「ウルル」が使われ始めました。

当時、ウルルの所有権はオーストラリア大陸に入植した西洋人が作ったオーストラリア政府にありました。

1985年10月26日に、オーストラリア政府から本来の所有者であるオーストラリア先住民にウルルの所有権が移りました。

その後1987年には、ユネスコの世界遺産に登録されています。

オーストラリア先住民が所有権を取り戻してから、ちょうど34年目の2019年10月26日に観光客の登山が全面禁止になりました。

ウルル登山

ウルル登山

ウルル登山

ウルルに登山しようと思って来ても、100%必ず登れるとは限りませんでした。

風が強かったり気温が高いと登山が制限されることがあり、ウルルに登れる確率は30%前後で、時期によっては10%前後まで低くなりました。

登山路には杭を打って鎖が張られていますが、かなり傾斜は険しいので山登り経験がない人には辛い登山でした。

真夏の時期は最高気温が48度にもなります。

水分補給と紫外線対策を忘れないようにしなければ、熱中症や日焼けに悩まされました。

滑りにくい靴は必要でした。

雨季に行くと大量の水が川のように流れるので近づけませんでした。

夏の日中はハエが多いので、虫除けネットが必需品でしたが、被っている人は少なかったようです。

まとめ

ウルル(エアーズロック)は、2019年10月26日から観光客の登山が全面禁止になりました。

ウルルが登山禁止になった理由は、オーストラリア先住民にとっての魂の聖地を守るということと、過去には転落死亡事故も発生しているので、ウルル登山は危険だからということです。

ウルルはオーストラリアのほぼ真ん中に位置していて、高さは東京タワーと同じくらいで、世界で2番目に大きな一枚岩です。

もともと、オーストラリア先住民のピチャンチャチャラ語で「ウルル」と呼ばれていました。

1873年にイギリスの探検家ウィリアム・ゴスが探検の途中で発見して、当時の南オーストラリア植民地首相、ヘンリー・エアーズにちなんでエアーズロックと呼ばれました。

1980年代から正式名称として、元のウルルが使われ始めました。

ウルルが見えているのは5%だけで残りの95%は地中にもぐっています。

オーストラリア先住民が下した登山禁止の決定は、連綿と受け継がれてきた魂の聖地を観光客から守ってとても称賛に値するものだと思います。

風が強かったり気温が高いと登山が制限されることがありました。登れる確率は30%前後で時期によっては10%前後まで低くなりました。

以上、お読みいただきましてありがとうございました。

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