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ウルル(エアーズロック)が登山禁止になった理由は?

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地域・旅行

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ウルル(エアーズロック)が登山禁止になった理由はなんでしょうか?
お答えします

ウルルはオーストラリア大陸にあり、世界で2番目に大きな一枚岩です。

ちなみに世界で1番目に大きな一枚岩はオーストラリアの西オーストラリア州にある、マウントオーガスタスです。

この記事ではウルル(エアーズロック)が登山禁止になった理由をご紹介します。

ウルル(エアーズロック)が登山禁止になった理由

※オーストラリア先住民のことをアボリジニと呼びますが、アボリジニという言葉は差別的な意味合いが強いので、このブログでは一般的な呼び方のオーストラリア先住民で呼んでいます。

ウルルは2019年10月26日から登山禁止です。

その理由は複数の要因によるものです。

  • 理由:オーストラリア先住民の聖地を守るため
  • 理由:登山者の安全を守るため

以下で複数の要因を説明します。

理由:オーストラリア先住民の聖地を守るため

ウルルは長年、オーストラリア先住民の文化的信仰や伝統的な宗教儀式にとって非常に重要な聖地として、登山は一部の祭司以外は認められていませんでした。

オーストラリア先住民の聖地を、一般の人が登山することは、不適切であると考えられていたからです。

1985年、ウルルの土地所有権がオーストラリア先住民に返還されましたが、政府は99年間(2084年まで)のリース契約を結び、観光開発を継続しました。

この取り決めにより、先住民の権利を認めつつ、観光による経済的利益も維持されました。

政府は先住民にリース料と国立公園入場料の一部を支払う一方で、ウルルへの登山を許可し続けました。

2010年に国立公園の管理計画で登山禁止の条件が設定されましたが、観光業界への配慮から、政府は当面登山を認める決定を下しました。この妥協的な対応により、登山禁止は一時的に見送られることとなりました。

世界中から来る観光客の中には、聖地であるウルルの石や砂を持ち帰ってしまうマナー違反の者が少なからずいました。

ウルルを聖地とする先住民の人々は、リース料や入場料が貴重な収入源になるとはいえ、観光客の聖地への登山を快くは思っていませんでした。

登山を推奨しない旅行会社もありました。

2017年11月1日、ウルル・カタ・ジュタ国立公園の管理委員会は、2019年10月26日から登山を恒久的に禁止することを全会一致で決定しました。

この決定は、先住民の文化的価値を尊重し、聖地を保護するためのものでした。

ウルル登山禁止の理由の一つ目は、連綿と受け継がれてきた「魂の聖地を観光客から守るため」です。

理由:登山者の安全を守るため

ウルル登山中に落石や滑落事故が発生する危険性があり、これらの事故は過去に何度か発生しています。

1950年代以降少なくとも37人が落石や滑落、脱水症状などで死亡しており、2018年7月にも最後の死亡事故が発生しました。

また、2002年から2009年の間に74件以上の救助活動が行われており、心臓発作や転倒による頭部外傷、パニック発作などが頻発していました。

ウルルの登山道は非常に急で滑りやすく、安全対策として金属チェーンが設置されていましたが、それでも事故は後を絶ちませんでした。

こうした危険性から、観光客の安全を確保するために登山禁止が決定されたことは事実です。

ウルルの登山が禁止されたもうひとつの理由は「登山者の安全を守るため」になります。

このような複数の理由から、オーストラリア政府2019年10月26日から観光客向けのウルル登山を恒久的に禁止しました。

現在は、ウルルの周囲を散策することは許可されていますが、ウルルに登山することはできません。

ウルルとは

ウルルとはオーストラリアのほぼ真ん中に位置し、高さは東京タワーと同じくらいで世界で2番目に大きな一枚岩です。

鉄分が酸化しているため外観は赤っぽく見えます。

ウルルが見えているのは5%だけで、残りの95%は地中にもぐっています。

まるで潜在意識と顕在意識の関係のようですね。

ウルルは世界の中心といわれていて『世界の中心で、愛をさけぶ』にも登場しました。ちなみに私も映画をみました。

「ウルル」と呼ばれ始めたのは、1万年以上前からで、ウルル周辺に住んでいたオーストラリア先住民が話す「ピチャンチャチャラ語」「ウルル」と呼ばれていました。

1873年にイギリスの探検家ウィリアム・ゴスが探検の途中で発見して、当時の南オーストラリア植民地首相ヘンリー・エアーズにちなんでエアーズロックと名付けられました。

しかし1980年代から正式名称として、元の「ウルル」が使われ始めました。

当時ウルルの所有権は、オーストラリア大陸に入植した西洋人が作ったオーストラリア政府にありました。

1985年10月26日に、オーストラリア政府から本来の所有者であるオーストラリア先住民にウルルの所有権が移りました。

その後1987年には、ユネスコの世界遺産に登録されています。

オーストラリア先住民が所有権を取り戻してから、ちょうど34年目の2019年10月26日に観光客の登山が全面禁止になりました。

ウルル登山

ウルル登山

ウルルに登山しようと思って来ても、100%必ず登れるとは限りませんでした。

風が強かったり気温が高いと登山が制限されることがあり、ウルルに登れる確率は30%前後で時期によっては10%前後まで低くなりました。

登山路には杭を打って鎖が張られていますが、かなり傾斜は険しいので山登り経験がない人には辛い登山でした。

真夏の時期は最高気温が48度にもなります。

水分補給と紫外線対策を忘れないようにしなければ、熱中症や日焼けに悩まされました。

滑りにくい靴は必要でした。

雨季に行くと大量の水が川のように流れるので近づけませんでした。

夏の日中はハエが多いので虫除けネットが必需品でしたが、被っている人は少なかったようです。

まとめ

ウルル(エアーズロック)は、2019年10月26日から観光客の登山が全面禁止になりました。

ウルルが登山禁止になった理由は、

  • オーストラリア先住民にとっての「魂の聖地を守る」 
  • 転落死亡事故から「登山者の安全を守る」

ためです。

ウルルはオーストラリアのほぼ真ん中に位置していて、高さは東京タワーと同じくらいで、世界で2番目に大きな一枚岩です。

もともと、オーストラリア先住民のピチャンチャチャラ語で「ウルル」と呼ばれていました。

1873年にイギリスの探検家ウィリアム・ゴスが探検の途中で発見して、当時の南オーストラリア植民地首相、ヘンリー・エアーズにちなんでエアーズロックと呼ばれました。

1980年代から正式名称として、元のウルルが使われ始めました。

ウルルが見えているのは5%だけで残りの95%は地中にもぐっています。

風が強かったり気温が高いと登山が制限されることがありました。登れる確率は30%前後で時期によっては10%前後まで低くなりました。

オーストラリア先住民が下した登山禁止の決定は、連綿と受け継がれてきた魂の聖地を観光客から守ってとても称賛に値するものだと思います。

以上、お読みいただきましてありがとうございました。

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